川柳に「手術日は医師の体調気遣って」というのがある。体の不具合があるから手術をするのだが、手術当日は、自分のことより執刀医の体調を気にしている。これ、わかります。手術というのは、まさに俎上(そじょう)の魚。すべてを担当医に委ねているわけだから、まず何よりその方の好調を祈らざるを得ない。手術の途中に「アッ! 」なんて声が聞こえたらたまりませんからね。
昨年の12月1日に股関節置換手術をした。30代ぐらいから変形性股関節で左脚の具合が悪くなり、だましだまし使っていたのだが、74歳になってギブアップした。レントゲンで見ると、大腿骨の丸い頭の部分と骨盤の受け皿の間の軟骨が擦り切れ、骨と骨がぶつかり合っていた。最末期だそうで、即手術となった。
体の不調を抱えている人には、病院選び、医師選びは、重要課題である。ネット検索するとキリがないほど出てくるが、体のことを考えると手を抜くわけにいかない。わたしは調べた。名医ランキングだの口コミ評判だの執刀数だの。
まず注目したのは手術の方法である。切開部分が小さく、ダメージが少ないから回復が早い「最小侵襲手術」を前提とした。しかし、最小侵襲手術といっても、ただ皮膚切開が小さいだけで、筋肉や腱(けん)を切っては、従来の手術侵襲と変わらないから注意が必要である。
次に、股関節に進入するアプローチ方法を吟味。これには①仰臥位(ぎょうがい)前方②仰臥位前外側③側臥位(そくがい)前外側④側臥位後方の4つがあるが、この表記では、なんのこっちゃサッパリワカランので、結論をいうと、②の仰臥位前外側進入法が良いと判断した。手術台で仰向(あおむ)けに寝る仰臥位はインプラント設置が正確に行える。そして前外側進入法は筋肉や腱を切らないアプローチ。損傷が少なく回復が速い。術後の脱臼リスクも少ない。脚長差の確認が正確にできる。以上、総合的に完成度が高いのだった。
じつは20数年前に、股関節置換手術で入院し、手術当日早朝に逃げ出すという前歴がわたしにはある。その時は、手術前に10日入院し、自己血を貯血したり、検査をしたりした。その入院期間のうちに、なんとなくイヤ~な感じが膨らんで、手術が怖くなったのだった。結果、逃げて大正解。あれから今日までの20数年で、すべてが進歩した。当時は手術に1時間以上、入院期間は3か月だった。しかも、手術から3日間ベッドに仰向けに寝かされ、脚を砂袋で固定するという。寝返りを打てないというのは、相当つらいことらしい。「だいたい、男の人は、ギャーといいますね」と看護婦がコロコロと笑った。
それが今、手術は30分。筋肉を生かすため、手術日に少しだが歩いた。入院はたった1週間である。もひとつ、時を経て良かったことは、インプラント素材の進歩である。人工股関節で多いのはチタン合金製のカップ、骨頭ボール(セラミックや金属)、ステム(チタン合金)でできているものだ。人工関節自体の性能が良くなり耐久性や親和性が改善された。20~30年以上も機能するのだ。
医療の病気への対応も経済である。高齢化が進み、変形性股関節症のマーケットが膨らんだことから、参入も投資も増え、さまざまな改良を得た。マーケットを形成するには至らない難病には、まず公共資金の投入が必要だ。ビジネスで動く資金は待てないからである。
最後に残る最も大切な選択が、病院と医師を決めることだった。この吟味は、わたしの属する広告作りにおけるコピーライターやデザイナーの選択とよく似ている。「あの代理店が良い」とか「あのプロダクションが良い」と言うが、会社は直接手を下さない。あらゆる職人系の仕事は、個に属するスキルである。いくら立派な広告会社に依頼しても、技術も才能もない人をあてがわれたら、悲劇である。重要なことは、依頼目的に即した、最良の技を持つ個人を選び出し、指名すること。今回は、これ以上はないというまで検討し、ある医師を発見した。大いに納得できる選択だから、診察時に質問することは何もなく、すこやかに手術に向かうことができた。医師は塗山 正宏氏。医院は世田谷人工関節・脊椎クリニック。
罹病(りびょう)すると、観念せざるを得なかった病気は様々に存在する。そのひとつでもあった変形性股関節症。その置換術は今や安心の域に達した。かつては失明覚悟の白内障も同じく、誰もが悩むことなく改善できる。やがて、わたしたちはサイボーグのようになるのだろうか。 ま、とりあえずは良いことである。
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